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酔モード。
中学1年生を「推す」つーことはありなんだろうか。
自分にとっての「推す」とは「応援する」ではなく、「好きになる」。マジ恋である。
う〜ん、みやたんはいい子です。とてもかわいいです。好きか嫌いかといえば速答で「好き」なわけです。中1だから推しちゃだめとかハタチだから推していいとかいう理屈もないので、そういう意味ではありなのだろうけど、う〜ん、躊躇してしまう自分がいます。なぜなら、「推し」てしまったらどうなるか、その先がとても明確に見えてしまっているからです。
本気で「推す」イコール本気で「好きになる」ということ。それは結果、目先の目的として「認知」をめざすということなのです。まず自分の存在を認めてもらえなければその先…はないからです。
「認知」…酔いが醒めてしまいそうになる言葉です。認知されたもののつらさ。きっとマジ恋をし、認知されたものにしか分からないでしょう…。
正直、あんな想いをするのはもうイヤなのです。ぜったいに何があろうと。
でも、みやたんかわいい…。
う〜ん、やっぱり「推せ」ない…。「推す」の先が分かっているから。もう、明確にはっきりと分かっているから。
なぜこんな気持ちになったのかというと、昨日の握手会でみやたんのかわいさだけではなく、やさしさに触れてしまったから。あの子がとてもいい子だと自分の身をもって感じてしまった。自分のファンに接する際の態度にやさしさを感じてしまったから。
たぶんつきつめて考えていけばマジ恋なのかもしれないが、つきつめて考えようとしない自分もいる。
みやたんが好きです。でもそれはどこまでの「好き」なのか。気が付きたくありません。もしマジだったとしても、だからどうするとかいうことは、何もありません。ぐぅぅと唸って自分の中にその想いを止め、消えてなくなるように努めるしかないのです。
認知めざしたところでなにもいいことはなく。それはお前が1番分かっているじゃないか!
悩まず、考えず。1時のことに気をもたげず、先を見つめ、先を見つめ。
だいぶ、酔い醒める。
そう、みやたんはアイドル。テレビの中の、ステージの上の存在。自分はファン分の1にすぎない。自覚し認め、受け入れる。そう、理解して、それで終わり。
う〜ん、どうなのだろうか。分からない。好きになってはいけないのだろうか。速答の答えは「いけない」。
う〜ん。
わかった。
みやたんは吉澤さんを超えてはいないのだ。吉澤さんの壁をまだ超えてはいないのだ。だから速答で推すとは言えないのだ。
みやたんは好きだけど、1年前にお別れした吉澤さんのがまだ好きなのです。吉澤さんを忘れさせてくれるほどまではまだ好きではないのです。
みやたんへの気持ちはかなり整理ついた。でも吉澤さんへの気持ちが微妙に変化してしまった。
まだまだとっても好きなんだなぁ…。
過去の思い出だけで、はぁーーーーって気持ちにまだなれる。好きだって気持ちにまだなれる。
忘れたい。
もう、いいよ。ほんともう終わりにしてください。
つらいです。つらくてつらくてたまらないです。
忘れるにはどうしたらいいのか。
ありていなのは、別の人を好きになる。
ぐむぅ…。振り出しに戻った。
そうなんだよ。好きだからといって、じゃどうすんだよ?好きだからといって、じゃどうすんだよ?好きだからといって、じゃどうすんだよ?
なんもないんだよ。分かってるじゃないか!だから悩むんだよ。結論は出てる。完璧な1分の隙もない結論が出てしまっている。分かっているのに。
だったら!
吉澤さんのことを好きでいてどうなる?みやたんのことを好きになってどうなる?
分かっているじゃないか。分かれ!
つらいなぁ。
でもつらいのは吉澤さんで、みやたんはまだつらくはない。ここで止めるべき、だね。分かってるよ。じゅうぶん分かってる。